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大西リポート 「大西リポート」は新潟県内の経営者の生き様を大西勇がホンネで紹介したドキュメントです。

大西勇 自己紹介 1/2

 

 
先日ある読者からお叱りをうけました。

「大西リポートに登場する人物については詳しく書いてあるし、顔写真もあるのでよくわかる。しかし記事を書いている大西とかいうのはいったいどんな人間なのか、さっぱり分からぬ。信用していいのか」

「人品骨柄まで知りたいとは言わないが、せめて顔ぐらい見せろ!」

ということで自己紹介。


大西 勇(おおにし いさむ):日刊工業新聞社前新潟支局長

経歴
昭和18年:
福井県に生まれる
昭和43年:
日刊工業新聞社入社
昭和58年:
日刊工業新聞新潟支局長就任
平成18年:      同     退職

●日刊工業新聞に「くたばれ新潟病」執筆連載

●長岡技術科学大学・学長交流会 事務局長

●新潟県原子力活用協議会 事務局長
大西勇

 私は昭和43年4月に日刊工業新聞社本社編集局へ入社しました。当時の日刊工業は日の出の勢いがあり、ボーナスは朝日や読売を抜いて新聞業界一位。新入社員が毎年100人ほどあり、いずれ日経新聞を追い抜くのではないかとの声が社内にあったほどです。私の入社した時も新入社員は120人おり、そのうち編集局、つまり記者になったのは15人でした。私も運良く15人の中に入り、東京で記者生括のスタートを切ったのです。
  と二ろが2ヶ月ほどしたらたいへんショッキングなことが起きました。
  ある日、編集局長に呼ばれてこういわれたのです。
「大西君の履歴書をみると福井県出身となっているが、福井県は雪は降るかね。」
「はい、仰山降ります。」
「そうか、それはよかった。じゃあ来週から新潟へいってくれ。新潟支局勤務だ」
私は愕然としました。そうでしょう。同期の連中は花の東京で記者生活のスタートを切ったというのに、私は見たことも聞いたこともない新潟、つまり都落ちですからね。でも相手は偉い編集局長。私は新入社員。いやだ、なんていえません。思わず「はい、わかりました。会社のためなら命までも」と答えたのです。

 今、思い起こしてもすごいことをいったものです。「会社のためなら命までも」ですよ。
  今時の若い者でこんなこという人はいますか。絶対いませんよ。でも私は言ったのです。じつはこれにはわけがありましてね。私の出身大学は日大なんですが、日大には日大節という応援歌があります。その5番目の台詞が気に入っていたのです。それは「かわいいあの娘はいつでも捨てる。学校のためなら命までも」です。編集局長から「新潟へ行ってくれ」といわれたとき、なぜかその台詞が口に出てきたのです。その返事を聞いた編集局長はにっこりして「そうか、行ってくれるか。なあに、一生新潟におれとはいわない。2〜3年でいい。2〜3年たったら本社へ返してやるからな」

 私はその言葉を信じて新潟へ赴任し3年間、一生懸命仕事をしました。そして、3年経ったので編集局長に「約束なので本社へ返して欲しい」と言おうと思ったのですが、その時はすでに編集局長は定年退職していなかったのです(笑)。止む無く後任の編集局長に「前の編集局長が2〜3年で返してくれると言ってくれました」といったら「何っ、2〜3年で返す?そんな話俺は聞いていない。いいじゃないか。もうしばらく新潟におれ」
  私は再び愕然としました。会社をうらみました。「もう俺はだめか」とまで思ったのです。

 ところが世の中、おもしろいものですね。私の転勤がない、といううわさが周囲に広まったため私のところに縁談の申込みが殺到してきたのです(笑)。その数、50数件(笑)。私はその中から島倉千代子と一番よく似た女性と結婚しました(笑)。それが今の女房です(笑)。結婚式は昭和47年11月3日。会場は新潟市の平安閣。日銀の新潟支店長が1万円の祝儀を持ってきてくれたりして結婚式の売上は23万円になりました。これに対し支出は20万円だったので差し引き3万円の黒字です(笑)。私にはその時から経営者の才覚があったのではないかと思っているのです(笑)。

 結婚式の2週間前に私は島倉千代子を呼び出して申し渡しました。「我が大西家には先祖代々の家訓がある。この家訓を守って欲しい。もし守れないなら今回の縁談はなかったことにして欲しい」と言ってあらかじめ紙に書いた家訓を見せたのです。「これを見よ」とばかり。その家訓には「男は明日の世界をつくる。しかして女は明日の晩御飯をつくる」(笑)。
  それを見た島倉千代子は「はい、喜んで」とは言わなかったのですが(笑)、小さい声で「はい、わかりました」と言いました。私はその言葉を信じて結婚したのですが、そんな約束なんか真っ赤な嘘でした(笑)。それが新潟へ来て4年目です。5年目には長男が誕生し、今、山勝電子さんにお世話になっています。7年目には長女ができ、9年目には新潟市にマイホームを建設しました。そうなるとあれほど東京本社に帰りたかった気持ちがだんだん薄くなり、「よしっ、新潟に骨を埋めよう」という気に変わってきたのです。そんなこんなで今日まで40年間新潟におります。


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