突然、注文がゼロに エムディケーの宮山勝彦社長(54才)
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※記事中の会社名・団体名・所属・役職等は取材当時のものです。
平成10年5月1日号
大西リポート054
 

突然、注文がゼロに


レジオネラ菌騒動に泣く
エムディケーの宮山勝彦社長(54才)

ある日突然

 それはある日突然やってきた。エムディケー(柏崎市)の主力商品「24時間ぶろ」の注文が何の前ぶれもなく突然止まったのである。発端は通産省の記者会見だ。96年12月20日の会見で「24時間ぶろにはレジオネラ菌がついているので要注意」と全国のマスコミに流したからたいへんだ。業界は蜂の巣をついたような大騒ぎになった。この日を境にエムディケーの24時間ぶろも注文がパタッと止まった。何しろこの商品は同社の年商24億円の40%も占める。つまり大穴があいたのだ。大穴が2カ月、3カ月、6カ月と続いた。
 何より困ったのは月産1,000台を1,500台に引き上げる計画をたて材料を発注した直後にこの災難がやってきたことだ。当面5億円のカネを用意しないと不渡り手形を出してしまう。大ピンチである。そんな時、北越銀行柏崎東支店が救いの手を差しのべた。「いつでも貸しますよ」同行の緊急融資と内部留保の取り崩しで5億円のカネをつくり必死の思いで当座を切り抜けた。宮山勝彦社長(54才)は語る。
「銀行とは日頃仲良くしておくもんだね。今回の件で痛感した」。そして名言をはいた。「カネがないのは首がないのと同じだね」

起死回生

 当座をしのいだあとは大穴の補充策だ。金額にして月間8,000万円にのぼる。通産省の発表から三カ月後にレジオネラ菌を退治する新製品を発売し、月産200台にまで回復したが、それまでの1,000台にはほど遠い。このため宮山社長は仕事を求めて全国を飛び回った。東奔西走のさ中、大阪営業所の社員が耳よりの情報をもたらした。
 「岸和田市の五十鈴工業がスプリンクラーの部品を外注に出すらしい。月々4,000万円はどの仕事になる」。さっそく宮山社長は大阪へ飛び五十鈴工業の社長と直談判した。その結果、引き受ける気で柏崎に帰り、役員会にはかったら、何と役員が全員反対したという。無理もない。スプリンクラーの部品など今までにやったことのない仕事だ。そしてやるには機械などに5,000万円の投資が必要だ。月4,000万円の仕事になるといっても途中で打ち切られることだってある。しかも今は落ち目だ。「パパを引いたらたいへん」という空気が役員会を支配した。多勢に無勢。気がひるむところだが宮山社長は勝負に出た。「断固やる」と。そして97年11月から月4,000万円でスタートした。滑り出しは順調だ。「近いうちに月7,000万円になる可能性がある」という。ババどころか起死回生の一発になりそうなのである。

人情派

 エムディケーの社員180人を引っ張る宮山社長は二代目だが実質的には創業社長になる。幼ななじみに県知事の平山征夫さんや植木組の植木康之社長がいる。植木社長が新幹線の自由席で立っている姿をみて忠告したことがある。「植木組といえば天下の上場会社だ。その社長が自由席で立っているなんてみっともない。グリーン席に乗るべきだよ」こんな事を本人に直接言うくらいだから周囲は宮山氏を「豪の者」とみている。初対面の人になると「豪」を通りこし、「恐そう」とか「いかつい」と写るようだ。だが、よくよく付き合ってみると正直で人情にもろいタイプである。世の中には「あの人、腹の中で何考えているんだか」という人もいるが宮山氏は腹の中に思っていることがすぐ顔に出る。特に目に出る。気分が高揚してくると目がうるんでくる。ウソをつけない人間だ。信条は「義理と人情」。義理がすたればこの世は闇よ…なんである。

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